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eドリル トップページ > That's GAKU(2019年6月)

2019年6月

高品質な楽器を量産する技術

日本のピアノが世界シェア第1位に

ピアノの音が出るしくみ

 ピアノは学校の音楽室や体育館には必ず置いてあり、習っている人も多い人気のある楽器。
キミの自宅にもあるかもしれないね。国産第1号のピアノがつくられたのは1900(明治33)年。それ以前は、すべて外国製の輸入品だった。
 日本で初めてピアノを製造したのは、ヤマハの創業者の山葉寅楠。それまで、時計など機械の修理を手がけていた寅楠は、1887(明治20)年、アメリカ製のオルガンの修理を依頼されたことをきっかけに、国産第1号のオルガンを製作。やがて、さらに複雑なピアノをつくりたいと、製造法を学ぶためアメリカへ渡り、ついに、国産第1号のピアノを完成させた。
 ピアノには、「グランドピアノ」と「アップライトピアノ」の2種類がある。グランドピアノは、3本の脚の上に弦が水平張られている大型のピアノで、アップライトピアノは、弦が垂直に張られている小型のピアノ。国産第1号はアップライトピアノで、2年後の1902(明治35)年にはヤマハが国産初のグランドピアノを製造している。
 当時のピアノは職人が時間をかけて手づくりするもので、値段も高く高級品だった。ヤマハは、欧米のメーカーに負けない品質の高いピアノをつくるため、研究を重ねながらピアノづくりを続けた。
 ヤマハがピアノづくりに革命を起こしたのは1965(昭和40)年だった。それまで、職人が一台一台手作業でつくっていたものを、組み立て工場を建設し、多くの人が流れ作業で製造できるようにした。
 流れ作業とはいっても、すべての工程が経験の浅い人にできるものではない。整調や調律、整音など、経験豊かな人にしかできない微妙な調整も多く、日本人が得意とする機械化の技術と、経験を必要とする職人技の融合が、品質の高いピアノの大量生産を可能にした。
 職人一人の手作業だったピアノ製造が、流れ作業で量産できるようになり、大きな変化があった。完成品の品質にばらつきがなくなり、一定の水準になったことと、価格が手ごろになったことだ。
 1969(昭和44)年には、ピアノの生産台数でヤマハが世界第1位、カワイが第2位になった。カワイは、ヤマハに勤務していた河合小市が昭和初期に独立して設立した会社で、2社が切磋琢磨して日本のピアノの品質を向上させてきた。

グランドピアノの製造工程

一流のピアニストにも認められた品質

ピアノの伴奏

 ピアノの生産台数の増加は、世界のピアノ愛好家に日本のピアノが評価された証拠だった。しかし、一流のピアニストからの評価ではない。生産台数の多くを占めたのは、家庭で多く購入される安価なアップライトピアノだったからだ。
 そこでヤマハは、最高品質のピアノをつくるため、一流のピアニストに認められるグランドピアノづくりを研究した。大きなホールでの演奏会で美しい音楽を奏でるには、きらびやかな音色や豊かな音量が必要になる。ピアノの国際コンクールでは、一流ピアニストが数社のピアノを事前に試し弾きして、本番で使用するピアノを選ぶので、彼らに選ばれるピアノづくりを目指した。
 ヤマハのピアノは、1985(昭和60)年、世界で最も有名なショパン国際ピアノコンクールの公式ピアノに採用された。しかし当初は、予選でもヤマハを選ぶピアニストは少なく、決勝で弾かれることはなかった。
 それから25年後の2010年、優勝者が決勝で選んだのはヤマハのピアノだった。日本のピアノが、世界最高級の品質だと認められた瞬間でもあった。

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