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eドリル トップページ > That's GAKU(2018年6月)

2018年6月

カラフルな南部鉄器が欧米で人気

日本製の包丁が外国人に大人気

フランスを旅行する日本人がオレンジやグリーンなどカラフルな急須を見つけ、「素敵な色!さすがフランスの急須はオシャレ」と思ったら、「これは日本製の南部鉄器ですよ」と教えられたという。南部鉄器といえば、黒くて重厚な鉄瓶が有名。日本ではカラフルな色の急須があることも、欧米で人気があることもあまり知られていない。 南部鉄器は岩手県の伝統工芸品で、盛岡市と奥州市が産地。今、岩手を訪れる中国人観光客には、南部鉄器の製造工程を見学できるコースが人気で、数万円から数十万円もする鉄瓶を買い求めていく人も多いという。 外国人が、これほど手に入れたがる南部鉄器とは、どのようなものなのだろうか。

約400年受け継がれた鋳物の伝統技術

南部鉄器の歴史は約400年前に始まる。盛岡の南部藩が、江戸時代の17世紀中ごろに京都から茶釜職人を招いた。その後も各地から鋳物師を呼び寄せて武器や茶釜などをつくらせた。それが南部鉄器の始まりだった。 盛岡周辺では、鉄器の原料となる良質な砂鉄や岩鉄が採れただけでなく、川砂、粘土、漆など製造に必要な原料も豊富だった。18世紀になると、茶釜を小型にして持ち手と注ぎ口をつけた鉄瓶がつくられ、手軽に使えると全国に広まった。 南部鉄器は、高温で溶かした鉄を型に流し込んでつくる「鋳金」の技術を使った鋳物。鉄瓶をつくるには60以上の工程があるが、流れを簡単に説明しよう。 鉄瓶のデザインを決め、原寸の図面を描く。厚さ1.5oの鉄板を切って、鉄瓶の仕上がりの形に合わせた挽型板と呼ばれるものをつくる。それを使い、川砂と粘土で鉄を流し込むための鋳型をつくる。鋳型が乾燥する前に、鉄瓶の表面につける文様を棒の先で捺し、800〜1000℃で焼く。焼いて固めた鋳型に、溶解炉で溶かした1500℃の鉄を注ぎ込む。冷えたら鋳型から鉄瓶を引き出す。鉄瓶を約250℃に加熱し、表面に刷毛で漆を焼きつける。さらに、100〜150℃の温度にして、お歯黒(鉄さびと茶汁を混ぜたもの)を塗り、何度も丁寧にふき上げる。最後に持ち手のつるをつけて完成だ。 職人が全部の工程を一人前にできるようになるには、最低15年はかかるともいわれる。 日常生活で囲炉裏や火鉢を使い、お茶を飲んでいた時代には、鉄瓶や急須はどこの家庭にもあった。ところが、生活様式の変化でそれらの需要が減ったうえ、職人も高齢化していった。

海外に販路を求め国内でも再発見

盛岡で南部鉄器の最大規模の工房を営む『岩鋳』は、1960年代後半からヨーロッパへの輸出を考えていた。最初は東洋好きの人が置物として買う程度だったが、90年代中ごろにパリの紅茶専門店から「カラフルな急須をつくってほしい」と依頼され、大きな変化が起こった。 もともと南部鉄器は漆で黒い色を着けるが、3年かけて新しい着色法を開発。ウレタン樹脂を吹きつけて食品用顔料で着色する方法で、赤、オレンジ、グリーンなど30もの色のバリエーションができると、欧米でティーポットとして大ヒット。紅茶がおいしくいれられて長く使えると評価が高い。『岩鋳』では、現在、年間約100万点生産している南部鉄器の約半数を世界20か国ほどで販売している。 中国でも、2010年に上海万博で南部鉄器を紹介してから、鉄瓶が中国茶に適していると有名になった。鉄瓶でお湯を沸かすと鉄分が溶けて体にもよく、プーアール茶をいれると雑味がとれておいしくなるという。 鉄瓶は水道水に含まれるカルキを除去してくれるので、日本でもお茶がおいしくなるといわれていた。また、さびさせなければ、孫子の代まで長く使えるものだった。日本人が忘れていた伝統工芸品の価値を海外の人に教えられ、日本でも南部鉄器の良さが再発見されている。需要が伸びたことで職人を目指す人が増え、伝統技術も受け継がれていきそうだ。

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