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eドリル トップページ > That's GAKU(2012年7月)

2012年7月

数の雑学事典

東京タワーの高さは333 mなりたくてなった高さじゃない?

東京タワーが完成したのは1958(昭和33)年。昭和20〜30 年代はテレビ局が次々に開局した時期で、それぞれが個別に電波塔を建てていた。だが、テレビの映りは悪かった。そこで、東京タワーを建てて、電波塔を一つにまとめることにしたんだ。設計を依頼された内藤多仲氏は、関東一円にテレビ電波を送るのに必要な高さを計算したが、「どうせ建てるなら世界一高い塔を」との声もあり、380 mという結論を導いた。当初はその予定で工事が開始されたが、途中で資金不足になるという大問題が発生。また、強風にあおられるとテレビの映像が乱れるので、そうならないようにしてほしいという要望もあり、高さを抑えざるをえなくなった。「せめてエッフェル塔の324mよりは高くしたい」という思いから、333mという数字に落ち着いた。ぞろ目だと、誰もが覚えやすいのも大きな理由だった。 塔の高さからすると、下のほうが開き気味に見えるのは、もともと380mの高さを想定して土台を広くつくったため。今年は東京スカイツリーに注目が集まっているけど、苦労を重ねて建てられた東京タワーのことも忘れないであげてね。

にぎり寿司は2個ずつ1個じゃいけない理由があるの?

お寿司屋さんでにぎり寿司を頼むと、どのネタも必ず2個ずつ出てくる。これって1個じゃたりないから?料金を多くとるため?にぎり寿司は江戸時代の寿司職人・華屋与兵衛が考案したといわれている。江戸前(東京湾)でとれる新鮮な海の幸を使った寿司は、たちまち庶民の大人気となった。ただ、当時の寿司は現在よりも米の量が多く、おにぎりくらいの大きさだった。でも、これだと一口で食べるには大きすぎた。江戸町民にはせっかちな人が多く、ひょいとつまんでさっと食べるほうが粋(かっこうがいい)だった。そこで与兵衛は、にぎった寿司を包丁で二つに切り分けて出してみた。すると、その食べやすさからさらに人気となったんだとか。現在のお寿司屋さんはこのスタイルにならったもので、1個を包丁で二つに割るのは縁起がよくないという理由から、小ぶりの2個をセットで出すようになったんだ。

体温計の目盛りは42 度まで一定の体温を超えると体が固まる?

熱が出たときに使う体温計。よく見ると42 度までしか目盛りがないことに気づくはずだ。現在はデジタル式が主流になっているけど、こちらも42 度を超 えると、エラー表示が出る仕組みになっている。なぜ50度とか、キリのいい数字にしなかったのだろう。これは人間の体の組成に秘密がある。人体は約60〜70%が水でできており、残りの部分はタンパク質、脂肪、ミネラルが構成している。特に重要なのがタンパク質で、ほぼすべての臓器に含まれることから、不足してくると深刻な病気を招く恐れがあるのだ。しかも、タンパク質はやっかいな成分で、一定の温度を超えると固まる性質がある。卵をゆでると黄身と白身が固まってゆで卵になるよね。これは卵に含まれるタンパク質が、高い温度で熱することで固まるからだ。 同じように、人間のタンパク質は42 度を超えると固まってしまう。「重要な成分のタンパク質が固まる=死」を意味するから、深刻な病気どころの話じゃない。つまり、体温計が42度までなのは、それ以上になると命の保障がないので熱を測る意味がないからなんだ。高熱が出たら、すぐに病院に行こうね。

原稿用紙は20字×20行ルーツは明朝体で書かれた経典の版木

原稿用紙といえば、20字×20行の400 字詰めが一般的だよね。これは、それまで作家によってバラバラだった字詰めが明治時代以降、このように統一されたからなのだが、実はこの字詰めのルーツは、江戸時代の鉄眼という僧が成し遂げた偉業にあるといわれている。 鉄眼は、別の僧が中国から持ち帰った経典「大蔵経」の教えをできるだけ多くの人に伝えたいと考えた。しかし、現代のような印刷技術はないので、一文字ずつ木に彫りこんで版木による印刷を決行。なんと25年もの歳月をかけ、6万枚におよぶ版木を彫り上げた。この時の文字の配列が20字×10行で、紙の両面に刷ると400字。鉄眼が読みやすい配列を考えたのではないかといわれていて、これが現代の原稿用紙のルーツとされている。ちなみに、「大蔵経」の書かれた文字は明の時代のもので、その後、この版木に彫られた文字は「明朝体」と呼ばれるようになった。読みやすく、今もよく使われる書体だよね。

ビールの大ビンは633ml中途半端な数字は税金が原因?

大人がおいしそうに飲んでいるビール。缶やビンに入っているけど、もっともポピュラーな大ビンは633mlだって知ってたかな?ずいぶん中途半端な数字だよね。ビールが日本にもたらされたのは幕末のころ。日持ちをよくするため、ビンに詰めていたのだが、当時はビンの容量はまちまちだった。まだ容量が均一なビンをつくる技術がなかったからだ。第二次世界大戦のころには、大手の2社がビールを製造していたんだけど、このころも工場によってビンの大きさはバラバラだった。しかし、戦費を調達するためにお酒にかけられる税制(酒税法)が導入され、1本のビンに入るビールの容量を統一しなければならなくなった。そこで、各社、各工場のビンのうちで、もっとも容量が少ないものに統一することとなった。容量さえ統一すれば、大きなビンもそのまま使えるからだ。そしていちばん少なかったのが3.51合、つまり633.186mlだった(「合」は日本で用いられてきた体積の単位)。それで633mlになったというわけ。

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